2011/09/16 高森 郁哉

多摩市非核平和都市宣言市民懇談会で取り組んだこと

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昨日のニュース記事で取り上げた通り、多摩市は今月、「多摩市非核平和都市宣言文(案)」へのパブリックコメントを募集しています。条例などと違い、法的な効力を持たないこの手の宣言を作成・公表する意義は、内容や作成過程になるべく多くの人たちから関心を持ってもらい、啓発につなげていくことのはず。その意味で、昨日の記事は見出しに「脱原発」の文字を入れたこともあってか、記事掲載をつぶやいたツイッター投稿のリツイートがこれまでで49人(いつもはだいたい1桁で、たまに2桁になる程度)、当サイト全体の1日のページビューも通常からほぼ倍増し、地元メディアとしてささやかながら貢献できたかなと思っています。

以上はたまプレ!発行人としての見解ですが、ここからは、同宣言文案を作成する市民懇談会に委員として参加した立場から、懇談会案で伝えたかったことを中心に書いてみます。ちなみに委員の5人は、公募枠と無作為抽出枠(より具体的には、無作為抽出された市民に郵送で懇談会の委員就任を要請し、これに応じた方を採用)で構成されましたが、私は公募のほうでした。

写真提供:多摩市企画政策部企画課

市の事業に参画する市民委員になったのは、実は今回が初めてです。4回の会議の細かな推移は省きますが、各委員がそれぞれ一市民としての見解を述べながら、どんな宣言文にすれば市民全員にメッセージが伝わるか、また、市民ひとりひとりが、誰か他人のものではなく「わたしの非核平和都市宣言」として語り継いでいけるようなものにするにはどうしたらよいか、限られた時間の中で根気強く議論を重ねていきました。事務局を務めた多摩市企画政策部企画課の職員の方々は、全体の進行管理、議事録作成、素案の取りまとめなど、宣言文の作成に関して素人集団であった市民委員たちを良くサポートしてくださいましたし、阿部裕行市長も4回中3回の懇談会に出席され、特に第4回で懇談会案を仕上げる際「原子力」「原発」「放射能」に関する表現で委員同士の議論が行き詰まったときに助け船を出してくださるなど、まさに「いざというとき頼れるリーダー」でした。

こうして8月末に懇談会としてまとめ、阿部市長にお渡ししたのが市民懇談会の案(PDFファイル、このページ末にも全文を転載)です。昨日のニュース記事でも書いたように、これについて庁内で検討・加筆修正されたものが、今回の宣言文案として公表されています。

注目すべき主な変更点は以下の通りです。

■東日本大震災と福島第一原子力発電所事故に、私たちは多くのことを反省し、学びました。
→ 東日本大震災と福島第一原子力発電所事故に、私たちは多くのことを学びました。
【私見】多摩市も東京電力の管内として、福島や新潟の原発で作られた電気を享受してきたこと。情報が限られていたとはいえ、「安全でクリーン」だとして国と電力会社が推進してきた原発を、国民の大半が(消極的ではあれ)容認してきたこと。これらは客観的に「学ぶ」対象というよりは、自らの過失として「反省する」必要があると思っていますが、残念ながら「反省」の表現は削除されました。

■放射能汚染の問題がある原子力は、核兵器と同じ、私たちの生活をおびやかす「核」であるということ。大事に育て築いてきたものが、たちまち奪われうることを。
→ 安全と信じていた原子力発電所から、ひとたび事故が起これば大量の放射性物質が拡散され、大事に育て築いてきたものが、たちまち奪われうることを。
【私見】「非核」の対象を核兵器だけでなく、原発も(さらには使用済み核燃料の再処理施設や、船や潜水艦など動力として応用するものも)含めるという意図で、「放射能汚染の問題がある原子力」も核兵器と同じ核、としました。行政による表現の変更で、かなりぼかされてはいますが、前後の文脈から総じてみれば、当初の意図がくみ取ってもらえるのかなという気もします。この辺はぜひ多くの意見を聞いてみたいところ。

■原子力に代わる、人と環境に優しいエネルギーを基盤とする地域社会を目指します。
→ 原子力に代わる、人と環境に優しいエネルギーを大事にしていきます。
【私見】「基盤とする地域社会を目指す」から、単に「大事にする」へと、後半部分の表現は若干後退しました。それでも、冒頭の「原子力に代わる」が残った点は、おそらく事務局の方々や庁内の理解ある職員の方々が懇談会の意向をくんでくださったおかげと推察します。

ほかにも細かな変更はありますが、以上3点が原発問題の視点から特に重要だと思いますし、今後パブコメでぜひ多くの市民から意見を寄せていただきたい部分でもあります。

ご参考までに、ツイッター上では「多摩市すごい。私の出身地。」(白石草さん)、「my town 多摩!」(Hase Sachiさん)、「世田谷もやりたい!(藤田康祐樹さん)、「311以後の非核都市宣言の模範。」(吉田遼さん)、「永田町・霞ヶ関を見て嘆くより、自分の住む町に脱原発の砦を築いては?すでに非核平和都市宣言している市町村は多いわけだし。」(金子良孝さん)、「市民案の方が決意が読めてよい。まだ議会などで駆引きありそうです。コメント寄せて応援しよう!」(Yamaguchi, Wataruさん)などの声が寄せられています。一方で、昨日のニュース記事の見出しに対し、「この宣言文案で“脱原発に言及”は言い過ぎではないか。多摩市が自治体として脱原発を表明しているかのような誤解を招く」との意見もいただいております。

まずは、宣言文案を公表したことが一歩。次は、市民同士で(そして、願わくば自治体の枠を超えて)議論が活発に交わされ内容が深まることが次のステップです。ぜひ多摩市の非核平和都市宣言に今後もご注目いただきたいと思います。

【市民懇談会の案】(全文転載)

多摩市は、この緑豊かな土地に生まれ育ち、あるいは全国各地から夢と希望を持った、多くの人たちが集まってできたまちです。私たちは、太陽の光あふれるこの多摩市で、穏やかな普通の生活を平和だと感じて暮らしています。

この暮らしのなかで、いつしか広島・長崎の記憶が薄れつつあり、世界には今もたくさんの核兵器が存在すると知りながら、平和は失われやすいことを忘れかけていました。

2011年3月の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故に、私たちは多くのことを反省し、学びました。自然の力に対する謙虚さを忘れ、人間の科学技術を過信していたこと。放射能汚染の問題がある原子力は、核兵器と同じ、私たちの生活をおびやかす「核」であるということ。大事に育て築いてきたものが、たちまち奪われうることを。

私たちは、人と人との絆を大切にした地域コミュニティを育み、災害に強いまちづくりに取り組みます。また、原子力に代わる、人と環境に優しいエネルギーを基盤とする地域社会を目指します。そして、戦争のない平和な世界に向けて、みんなが笑顔で、多様ないのちがにぎわうまちを、多摩市から実現していきます。

あらゆる核との決別を目指し、未来の子どもたちに戦争の悲劇と平和の大切さを伝え、他の宣言都市とともに世界の人々と手をたずさえて非核平和を求めるために、ここに多摩市が非核平和都市であることを宣言します。

多摩市非核平和都市宣言文(案)に関するパブリックコメントを募集します。 (多摩市ホームページ)



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